第6回 / 全身麻酔と局所麻酔-基本の「き」

1 はじめに

 

麻酔科はそこそこに医療過誤(医療事故)の多い分野です。医療事件を扱う弁護士としても、麻酔に関する一定の基礎知識を持っていても損はないでしょう。そこで、今回は、麻酔に関する極めて基礎的な知識をここで確認しておきたいと思います。

 

2 麻酔の目的

 

麻酔の目的は、大きく分けて2つあります。1つは、患者の不安・緊張などといった精神的ストレスを軽減すること。もう1つは、痛みという肉体的ストレスを軽減することです。

 

皆さんもご存じのように、麻酔には全身麻酔と局所麻酔がありますが、前者の目的でなされるのが全身麻酔で、後者の目的でなされるのが局所麻酔です。
歯医者さんなどで抜歯する際に局所麻酔を行いますが、なぜ全身麻酔をしないかというと、抜歯程度であれば患者もそんなに怖がらないので精神的ストレスもそれほど大きくはないと考えられているからです。したがって、まれに小さいお子さんなどで抜歯を過度に怖がり手術できないときには全身麻酔を余儀なくされるケースもあるとか…。

 

いずれにしても全身麻酔は痛みを取り除くことが主たる目的ではないそうなんです。なので、全身麻酔をする際にも、局所麻酔と併用するそうです。確かに、全身麻酔をほどこすと意識がなくなるので、痛みを感じないようにも思えますが、生体は意識がなくなっていても痛みに対して反応してしまうそうなんです。具体的には血圧が上がったり頻脈になったりとか…。

 

ということで、全身麻酔をするからといって、局所麻酔の必要がなくなるわけではないということです。

 

これに対し、局所麻酔は皆さんもご存じのとおり、部分的に鎮痛を得る目的で行われます。

 

局所麻酔には、いくつかの種類があり、手術部位の周囲に麻酔薬を投与する方法(局所浸潤麻酔、表面麻酔)、神経の中枢側に麻酔を作用させて鎮痛を得る方法(脊髄くも膜下麻酔、硬膜外麻酔、神経ブロック)があります。後者の方法で中枢側に麻酔を作用させるなんていうと、何となく脳に影響が出そうなイメージがありますが、神経伝達の途中を遮断する(これで痛みの情報が伝わらなくなる)だけですので、脳に直接作用するわけではありません。

 

3 全身麻酔の危険性

 

麻酔で特に危険性が高いのは周知のとおり、全身麻酔です。

 

全身麻酔では、筋弛緩薬も投与しており、患者は自発呼吸をしておりませんので、人工呼吸を行います。人工呼吸なんて医療現場では普通のことと思われていますが、まあ確かにそのとおりなんですけど、実はけっこう難しいんですね。詳しくは人工呼吸のテーマで書こうと思いますが、昔やった事件で、全身麻酔中に気道を確保できなくて心肺停止に陥ってしまったなんていうのもありました。
調べてみると、気道確保が上手くいかずに甲状腺輪状切開術でようやく気道を確保するも手遅れで死亡してしまったなんていう事件もあるようです。

 

気道確保の失敗は、医師の熟練度にもよるのですが、そもそも気道を確保しにくい患者さんというのがいるそうなんです。具体的には、頚部を伸展させた状態で(あごを上にあげた状態です)、オトガイと呼ばれるあごの下から甲状切痕までの距離が短い患者さんであるとか(この距離が6.5p以上ないと気道確保が難しくなるそうです)、または口を大きく開けた状態で軟口蓋さえも見えない患者さんの場合です。

 

なお、後者に関しては、気管挿管を行う際の難易度評価の指標として、Mallampati分類というのがあります。
開口したした状態で、以下のようにレベルを分類しています。

 

1)口蓋弓、軟口蓋、口蓋垂が見える→ClassT
2)口蓋弓、軟口蓋、一部の口蓋垂が見える→ClassU
3)軟口蓋と口蓋垂の基部のみ見える→ClassV
4)硬口蓋しか見えない→ClassW

 

理想的なのは、ClassTで、UからV、VからWに行くにしたがって気道確保の難易度があがるそうです。ちなみに、私、自分の口を開けてみてみたら、思いっきりClassWでした。正直、全身麻酔はけっこう不安です。

 

いずれにしても、全身麻酔は素人である私たちが考えるよりも難しく、医療現場では一定数の事故が起こっているようです。医療専門の弁護士としては、麻酔科に関する知識も深めておきたいところです。

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