第30回 / 癌の見落としと悪性リンパ腫

癌の見落としと悪性リンパ腫(1)

 

今回は、最近うちの事務所でやった、癌の見落としと悪性リンパ腫の事例を取り上げたいと思います。医療過誤訴訟自体は、原告(患者側)の勝訴和解なので、判決は出ていません(実際に訴訟を担当したのは、うちの医療専門の佐久間弁護士です)。

 

まず、医療過誤事案の中身に入る前に、悪性リンパ腫に対して、概説したいと思います。悪性リンパ腫は、リンパ節、リンパ管などのリンパ系組織から発生する悪性腫瘍です。
悪性リンパ腫には、大きく分けて「ホジキンリンパ腫」と「非ホジキンリンパ腫」の2種類があり、ホジキンリンパ腫は日本では悪性リンパ腫の約10%程度にすぎず、約90%は非ホジキンリンパ腫だそうです。今回の症例も非ホジキンリンパ腫なので、こちらをメインに解説します。非ホジキンリンパ腫は、それが由来する細胞と進行速度(悪性度)で分類することができます。

 

まず、由来する細胞による分類ですと、B細胞性、T細胞性、NK細胞性に分けることができます。これらの細胞は、いずれも免疫系を司る細胞です。進行速度による分類では、低悪性度、中悪性度、高悪性度の3段階で分けられ、低悪性度は概ね年単位で進行し、中悪性度は月単位、高悪性度は週単位で進行するとされています。
ただ、この悪性度と進行速度は、癌の種類によって異なるので、癌の種類が分かれば進行速度と悪性度も分かるようです。例えば、濾胞性リンパ腫やMALTリンパ腫などは低悪性度、びまん性大細胞型B細胞性リンパ腫などは中悪性度、リンパ芽球性リンパ腫、バーキットリンパ腫などは高悪性度に該当します。

 

今回の症例は、病理組織検査の結果、「びまん性大細胞型B細胞性リンパ腫」(Diffuse large B cell lymphnoma、DLBCL)であることが判明しました。そうすると、先の悪性度分類によると中悪性度に該当し、進行速度も概ね月単位であることが予想されます。
「びまん性」とは、病変を限定できずに広範囲に及ぶ様子を意味します(これに対する概念は「限局性」です)。びまん性は、ほかの癌でもよく出てくる概念なので覚えておいてください。

 

悪性リンパ腫に対する標準治療は、化学療法、放射線療法、生物学的製剤の3つで、通常他の癌で適応の有無が問題となる腫瘍の切除手術は悪性リンパ腫では標準治療とはされていません。あくまでも先の3つが標準治療で、腫瘍が切除されるのは、@組織の確定診断を行うために必要である場合や、A腫瘍が限局した範囲にしか存在せず、完全切除が可能な場合に限って実地するのが原則になっています。
もっとも、このいずれにも該当せず、完全切除が不可能な場合でも実施するケースがありますが(非治癒切除と言います)、化学療法や放射線治療による合併症を防止するためという補助的範囲で行われるようです。
通常、ほかの癌ですと、手術適応になるかどうかがその予後にも影響し、適応がないと余命宣告を受けることが多いと思いますが、悪性リンパ腫ではそのようなことはなく、手術適応がないからといって直ちに予後不良で助からないと考える必要はないようです。

 

さて、上記3つの標準治療のうち、DLBCLに対する最も標準的な治療法は、複数の抗癌剤を組み合わせて投与する化学療法であり、CHOP(シクロホスファミド+ドキソルビシン+ビンクリスチン+プレドニゾロン)療法と呼ばれています。
また、現在では、このCHOP療法に生物学的製剤であるリツキサンを併用した「R-CHOP療法」が、進行期のDLBCLの標準的化学療法となっているそうです。

 

ところで、上記の化学療法を中心とする標準治療の効果ですが、Ann Arbor分類のV期、W期といった進行期であっても、半数以上の人の治療が期待できるようです。
また、Ann Arbor分類のU期、V期で切除手術しか実施しなかった例で、術後2年1ヶ月で死亡したケース、3ヶ月で死亡したケースがあるのに対し、化学療法を用いた4例中3例が8年後、9年後、20年後の現在も生存中であったという研究報告もあります。
さらに、15p大の腸間膜悪性リンパ腫のケースで、非治癒切除で腫瘍を摘出したのですが、遺残腫瘍増大後、CHOP療法を実施したところ、術後6年経過した現在も生存中であるという報告もあります。いずれにしても、他の癌に比べると、化学療法の効果も期待でき、予後もいいのかもしれません。

 

癌の見落としと悪性リンパ腫(2)

 

癌の見落としと悪性リンパ腫(1)では、悪性リンパ腫の種類と本症例であるびまん性大細胞型B細胞悪性リンパ腫について解説しました。今回は、本症例の具体的内容に入ります。

 

結論から申し上げると訴訟提起から和解成立までわずか6ヶ月というスピード解決に至り、その内容も被告病院が高額な和解金を支払うという、原告(患者側)の勝訴的和解で終わりました。とは言っても、本症例は難しい問題も含んでおりました。

 

癌の見落としでよく裁判例で出てくるのは、会社等が職員に受けさせる「集団検診」と人間ドックです。ところが、本症例はこのいずれとも異なります。本症例では、そもそも癌以外の具体的疾患の診断のためになされた検査で、CT、MR、エコー検査の各所見で悪性リンパ腫が認められたという事案です。
この事件では、亡くなられた患者さんが腹痛を訴えて被告病院で検査をしたところ、胆嚢や胆管に多数の胆石が発見されました。そして、この胆石の除去手術を行い、手術自体は無事成功、予後も良好で普通に日常生活をしておりました。

 

ところが、その約1年後に市の健康診断を受けたところ、CT検査で空腸付近に直径約14センチの異物が確認され、これが悪性リンパ腫だったのです。癌の一部を切除する手術も行ったのですが予後は悪く、その後容態が急激に悪化し、癌が見つかってからわずか3ヶ月後にお亡くなりになりました。

 

この悪性リンパ腫は、実は、患者さんの胆石を診断したときのCT、MRIの各画像にばっちり写っていたのです。その時にCTに写っていた腫瘤は、直径約7.5センチくらいでした。7.5センチでも十分大きいですよね。これを見落としてしまったのだから医師に過失ありとされてもやむを得ないと思うのですが、もしこの腫瘤が3センチ程度だったらどうでしょうか。では、1センチ程度だったら?

 

「たとえ1センチでも、専門家である医師であれば、癌と疑わしき腫瘤が写っているのだから見落としてはいけない」と言えそうですが、実はそれほど単純ではありません。一般に検査と言っても様々なものがあり、その検査目的も読影方法も違います。

 

たとえば、会社などが職員に対し定期的に受けさせる集団検診の場合は、一度に大勢の人を対象に行われ、担当の医師も大量の画像を限られた時間の中で読影しなければならないという制約条件があります。分かりやすく言えば、医師は丁寧に読影できない条件下に置かれているわけです。また、検査を受ける人たちも、会社に言われたから受けているだけという人も多く、必ずしも自己の健康に対する高い関心から受診しているわけではありません。

 

この点に関し、職場の定期健康診断で撮影された胸部X線写真の読影で癌を見落としたという事例で、定期健康診断は「一定の病気の発見を目的とする検診や何らかの疾患があると推認される患者について具体的な疾病を発見するために行われる精密検査とは異なり、企業等に所属する多数の者を対象にして異常の有無を確認するために実施されるものであり、そこにおいて撮影された大量のレントゲン写真を短時間に読影するものであることを考慮すれば、その中から異常の有無を識別するために医師に課される注意義務の程度にはおのずと限界がある」と判示した判例があります(東京高裁平成10年2月26日判決)。

 

しかし、この理屈は、健康に関心が高い人が自らの判断で受ける人間ドックや特定の疾患を疑っ実施される検査の場合には当てはまりません。一度に大量の画像を読影しなければならないような事情はなく、十分時間をかけて慎重に読影することが期待されているはずです。では、本件ではどうでしょうか。

 

本件では、確かに具体的な疾患を発見するためにCTやMRIの検査がなされたはずです。もっとも、患者の愁訴が腹痛であったことなどから、胆石などの疾患を疑って実施された検査であることが十分伺えます。
胆石が多数見つかってしまったことがこの患者さんにとっては不運でした。腹痛の原因もこれらの胆石だったのでしょう。画像を撮影したところ、胆石が見つかり、腹痛の原因はこれだ!となってしまったわけです。そして、実際に手術をして胆石を取ってしまったあとは、患者さんの腹痛も治まり、予後は極めて良好だったのです。
その1年後に癌が見つかるわけですが、それだって単に市の健康診断を受けたら見つかったわけで、何らかの疾患を疑って積極的に受けたわけではありません。
したがって、このような事情があると、どうしても医師の注意は腹痛とその原因である胆石に注意が向かってしまいます。その結果、癌の見落としを招いてしまったのだと思います。

 

おそらく、本件のような症例よりも人間ドックのほうが過失を認めやすいのではないかと思います。人間ドックは必ずしも具体的な疾患を疑って行われるものではありませんが、自己の健康に関心が高い人が十分な時間と費用をかけて受ける検査です。したがって、医師は、画像に写っている疾患が胆石であれ癌であれ、漏れなく細心の注意を払って読影する必要があると言えるでしょう。

 

しかし、本件はそうではありません。医師は、患者が腹痛を訴えて来院したのでその原因を探るために検査したところ、胆石が見つかった。その意味ではちゃんと検査の目的は達成しています。このような場合において、医師が検査を行う際に念頭においていなかった疾患についてまで問題意識を持って読影する注意義務があると言えるのか、議論の余地がありそうです。

 

それなのに、裁判官が我々原告側弁護士の主張に耳を傾け、被告病院に対して高額の和解金支払いを打診してくれたのは、おそらく、胆石が見つかった最初の検査において画像に写っていた腫瘤が約7.5セントという、決して発見が困難とは言えない大きさだったことが影響していると思います。

 

これに加えて、本症例が中悪性度の悪性リンパ腫であったことも影響を与えていると思います。もしもこれが肺癌だったらどうでしょうか。原発性の肺癌で7.5センチだと、通常はリンパ節転移はもとより、遠隔転移もしている場合が多いのではないかと思います。

 

しかしながら、前回解説したように、びまん性大細胞型B細胞リンパ腫という癌は、悪性度は中程度ですが、化学療法も奏功する傾向にある癌で、肺癌などに比べると遙かに予後が良いことも分かっています。
したがって、腫瘍の大きさが7.5センチになった段階であっても、その時点で適切な治療行為を行っていれば救命できた可能性も十分あった、と言える事案です。このような事情が裁判官の心を動かしたのだと思います。

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