がんの見落としに関する医療過誤のニュースは頻回に報道されています。弊所でもがんの見落としに関する相談は比較的多いです。典型的には、発見した時点のがんが大きかったり、既に遠隔転移してしまっており、遡って確認すると従前の画像検査にもがんが映っていたという経緯が多いです。また、放射線科医が異常陰影を指摘していたが、主治医が対応していないという事案も比較的多いように思われます。AI診断支援やカルテのシステムにより人間のミスをカバーする仕組みの開発が期待されます。
がんの見落としの事件では、元々がん自体が進行していく可能性があるため、因果関係に関する判断が重要になります。
がんの見落としの医療過誤事件では、どのような場面で検査を受けたかという事情が過失の有無に影響することがあります。例えば、職場の定期健康診断では、多数の患者のレントゲン写真を短時間に大量に読影する必要があるため、医師の注意義務の程度には限界があるという趣旨の裁判例があります(東京高判平成10年2月26日判タ1016号192頁)。
他方で、職場の定期健康診断であったとしても、明らかに見えているがんを見落とすことが無制限に許されるわけではありません。結局は具体的な画像が重要になります。当職は2300万円の解決金を獲得したことがあるため、職場検診であるからといって一概に過失を問えないとは考えておりません。
また、職場検診の注意義務を限定的に解する傾向に変化が生じる可能性もあります。厚生労働省の助成を受けた研究において、職場検診における胸部エックス線検査の対象疾患に肺がんを含めるのであれば「肺がん取扱い規約」の要件を満たすことが必要であるとされております(祖父江友孝「有効性評価に基づく肺がん検診ガイドライン」)。さらに、国も第3期がん対策推進基本計画において職域を含むがん検診の精度管理の充実が必要であると定めています。今後の状況の変化により、職場の定期健康診断において期待される検査精度が向上したり、比較読影や二重読影が義務付けられる事案も出てくるかもしれません。
がんには様々な種類があります。前立腺がんや乳がんのように比較的進行の遅いものもありますし、肺小細胞がんのように進行の早いものもあります。また、治療の有効性もがんによって千差万別です。早期の肺腺がんのように肺葉切除術等の治療成績が良いものは因果関係が認定されやすい傾向があります。他方で、希少がんでは見落としの影響を立証する資料が乏しい場合もあります。
見落としてから発見されるまでの期間が長いほど因果関係が認定されやすくなります。逆に見落とし期間が短い場合には因果関係の立証は難しいことが多いです。今までの経験や裁判例を踏まえると、がんの種類にもよりますが、見落とし期間が半年未満の事案は因果関係の立証が難しい傾向があると考えています。
ただし、見落とし期間が短くても過失により特定の時点の死亡の有無が左右されている場合には、理論上は因果関係が認められるはずです。実際に見落とし期間が短くても死亡に至った経緯等から因果関係が肯定されている医療裁判例もあります。例えば、膀胱部に生じた腫瘍からの大量出血により死亡した事案では、見落とし期間は4か月であるにも関わらず、因果関係が医療裁判で認定されています(岐阜地判平成25年4月17日判例時報2243号51頁、名古屋高判平成26年5月29日判例時報2243号44頁)。
【監修】 医学博士 弁護士 金ア 浩之 弁護士法人ALG&Associates 代表執行役員