東京地裁医療集中部について

弁護士・医学博士 金 ア 浩 之

1 医療集中部とは?

 

医療集中部は、当該地方裁判所に係属するすべての医療紛争を取り扱う部署ですが、通常事件も同時に取り扱います。東京や大阪などの大都市部の地方裁判所に設置されています。専門部との根本的な違いは、専門部は、特定の分野(例えば、知的財産権)のみを取り扱うのに対して、集中部では通常事件も扱う点です。もっとも、すべての医療紛争は、医療集中部に継続することになるので、医療集中部の裁判官が担当する事件の多くは医療事件となるそうです。
また、専門部と集中部の違いは、裁判所の人材育成に対する基本方針の違いにもあらわれているように思われます。専門部の場合は、その分野を専門的に取り扱える裁判官を育成する必要があります。これに対し、集中部の場合、そのような要請は後退せざるを得ません。例えば、知財畑のキャリアを歩んでいる知人の裁判官の話によると、知財専門部に配属されている裁判官は、基本的に通常部に異動にならないそうです。ところが、医療集中部に配属されている裁判官のほとんどが通常部からの転勤であり、医療集中部で2〜3年ほど医療事件を担当したのち、また通常部へと転勤していくのです。したがって、医療専門の裁判官は、基本的に養成されにくいという構造になっています。これが影響しているのか、知人の裁判官によると、知財専門部とは違って、医療集中部は、裁判官の間でも不人気だそうです。知財専門部は、裁判官のエリート・コースと認識されているのに対し、医療集中部はそうではないというのです。

 

2 医療集中部は専門部になるべきか?

 

素朴に考えれば、医療集中部が専門部へと発展したほうが、患者側・病院側の双方にとって望ましいといえそうです。なぜなら、医療分野を専門とする裁判官に判断されたほうが、そうでない裁判官に判断されるよりも一般的にいって信頼性が高いはずだからです。しかしながら、話はそのように単純にはいかないのです。
裁判官自身は、医者ではありませんし臨床経験もありません。したがって、医学的知見の獲得のためには、どうしても大学病院との関係性を強化していく必要性に直面します。特に、医療鑑定を行う鑑定人を供給するのは大学病院となりますので、そのような大学病院と良好な関係を築く必要が出てくるのです。このような傾向は、すでに、専門部ではない医療集中部においても出ています。これがもし専門部になると、その関係は益々強化されていくのではないかと危惧されます。

 

3 医療集中部は中立的か?

 

先ほど、鑑定人の供給が大学病院によってなされているということに触れました。そうすると、裁判所は、大学病院が被告の場合にはひいきするかもしれないが、それ以外の病院との関係では中立性を維持できるのではないかともいえそうです。しかしながら、それが必ずしもそうではないのです。というのも、医療側に理解を示した判断を裁判所にしてもらいたいという点で、多くの医療従事者の利害は一致しているからです。言い換えれば、大学病院は、大学病院に有利な判断を期待しているわけではなく、医療界全体にとって有利な判断を期待しているのです。
この仮説が正しければ、鑑定人を供給してくれる大学病院が被告である場合にとどまらず、それ以外の病院が被告である場合においても、裁判所の中立性は危ういものとなります。実際に、患者側の代理人として医療事件に携わったことのある弁護士で、東京地裁医療集中部の中立性を疑っている弁護士は少なくありません。例えば、被告である医療側が鑑定申出をするとほぼ100%採用されるのに対し、原告である患者側の鑑定申出の場合は不採用となる確立が高いです。立証責任を負っているのは原告であるのに、立証責任を負っていない医療側の鑑定申出のほうが尊重されているのです。また、私自身も、東京地裁医療集中部でこんな経験をしました。被告である医療側の代理人弁護士が、こちらの主張に対して認否してこないので、認否させるように裁判長に求めたところ、「被告の反論を読めば、どこを争っているのか分かるので、そのような場合は認否不要」と回答したのです。これにはさすがに驚きました。司法研修所で習ったことは何だったのか、この裁判長は同じことを司法修習生にも言えるのか、と呆れるしかありませんでした。
したがって、お世辞にも医療集中部を中立的とは評価できないというのが多くの弁護士の正直な感想だと思われます。

 

4 医療集中部で患者側は勝訴できないのか?

 

このような背景もあって、患者側の代理人として医療事件に携わっている知人の弁護士さんの中に、受任した医療事件が東京地裁の管轄にある場合、訴訟ではなく交渉で処理するという人もおります。医療集中部に審理してもらっても、「勝訴できる気がしない……。」というのです。
しかし、これは少々言い過ぎです。確かに、東京地裁医療集中部は、中立性に疑問を抱かざるを得ない訴訟指揮をすることが少なくないのですが、だからといって、患者側を勝訴させないという運用を行っているわけではありません。ALGでも、東京地裁医療集中部で勝訴判決を取ったものがたくさんあり、中には1億円超えの勝訴判決を取った事件もあります。ちなみに、その事件の被告は大学病院でした。だから、医療集中部が病院側に有利な判決を出さないというわけではありません。しかしながら、審理の進行方法や訴訟指揮に関しては、病院側の意見を尊重する傾向にあるのは事実であり、不愉快な思いをすることも少なくありません。

 

5 まとめ

 

このような問題を整理すると、医療専門部が良いのか、それとも医療集中部のままのほうが無難なのか、私の中で結論は出ていません。しかしながら、医療集中部が専門部に変った場合に、裁判所と病院の関係性が強化され、裁判所の中立性が現状よりも悪化する可能性は払拭できませんので、医療集中部のままで良いかも、とは感じております。したがって、東京地裁に提訴することは、我々ALG医療部の弁護士にとって、依然として重要な選択肢のひとつであることに変わりはありません。
しかしながら、上記のような問題があることも事実なので、如何なる案件を提訴し、如何なる案件を示談交渉や調停で処理すべきなのか、個別の案件ごとに深い分析が求められることになると思います。

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