第15回 / 脂肪吸引と脂肪塞栓症候群

1 脂肪塞栓症候群とは

 

塞栓とは、心臓、脳、肺などの重要な臓器に酸素を供給している血管が何らかの物質で詰まってしまい、その結果血流を阻害してその臓器の細胞を壊死させてしまう疾患をいいます。医療過誤でも少なからず見られる疾患の一つです。

 

塞栓を招く物質として典型的なのは、血栓です。心筋梗塞や脳梗塞も多くは血栓が詰まることで壊死を招きます。肺血栓塞栓症は、その名の通り、血栓が肺動脈に詰まって塞栓を招く疾患です。

 

今回お話ししている「脂肪塞栓症候群」(fat embolism syndromeーFES)というのは、血栓ではなくて「脂肪」が肺、脳などの血管に詰まり塞栓を招くもので、しばしば致死的です。

 

FESは、典型的には骨折の合併症として知られていますが、この疾患は、実は脂肪吸引術でも起こりうるのです。

 

2 発症機序と症状

 

脂肪塞栓は、従来は骨折や手術によって遊離脂肪が静脈内に侵入し、肺の血流を阻害して肺塞栓を引き起こし、さらに心臓を経て大循環に乗って脳や他の臓器の塞栓を起こすと考えられてきたそうです(機械説)。

 

しかし、今日では、骨折や脂肪吸引などによって脂肪代謝が変化して引き起こされるという考え方が有力となっています(脂肪代謝説)。

 

急性期に適切な処置をほどこさないと死亡することもあるという重篤な合併症です。死亡率は、約10%〜20%と言われています。

 

受傷または術後12時間から48時間程度で発症することが多いと言われていますが、脂肪吸引では、4000mlから5000ml以上という大量の脂肪吸引を行った場合に特にリスクが高まり、入院を伴う術後管理が少なくとも24時間程度は必要だと言われています。

 

症状としてよくあるのは、発熱、頻脈、呼吸困難、胸痛、点状出血(特に、前胸部、結膜など)です。また、胸部X線写真では、両肺野に吹雪のような陰影が認められることがあるそうです。

 

さらに、急激にヘモグロビン値が低下したり、血小板数の減少を招いたりします。

 

このような症状を見逃さないためには、適切なアドバイスと術後管理体制が必要となるはずなのですが、美容整形としてなされる脂肪吸引術では、手術自体が上手くいくと、脂肪塞栓に関する助言もなく自宅に帰してしまうというのが通常だと思われますので大変危険で、医療事故につながります。

 

診断基準として、Gurdの診断基準が有名ですので紹介しておきます。

 

 

Gurdの診断基準

 

大基準

 

 ・点状出血
 ・呼吸困難、X線像上の両肺野の吹雪様陰影
 ・頭部外傷や他の原因によらない脳神経症状

 

小基準

 

 ・発熱
 ・頻脈
 ・網膜変化(脂肪滴または出血斑)
 ・尿変化(無尿、乏尿、脂肪滴)
 ・ヘモグロビン値の急激な低下
 ・赤沈値の亢進
 ・喀痰中の脂肪滴

 

 

 

《参考文献》

 

・波利井清紀監修、大森喜太郎編著「美容外科の最新の進歩・第2版」克誠堂出版
・国分正一・鳥巣岳彦監修、中村利孝、松野丈夫、内田淳正編集「標準整形外科学・第10版」医学書院
・市田正成著「スキル美容外科手術アトラスU 脂肪吸引・注入術」文光堂
・小野啓郎監訳、山本利美雄・宮内晃訳「図解 骨折治療の進め方・第3版」医学書院

PC電話ロゴ PCメールロゴ