患者Aが、B医師の執刀下で手術Xを受けたところ、術前に思いもよらなかった傷害を受けた場合、AさんはB医師に対して、あるいはB医師を使用するC病院に対して、損害賠償を請求できるでしょうか。
今回は、B医師の手術手技が著しく稚拙であったために、術中にAさんの身体のうち本来傷付けるべきでないところに傷が付いたという場合を考えます。
これは医療事件に限ったことではありませんが、訴状は、裁判所でまず簡単にチェックされます。 訴状で意味の分からないことを書いている場合には、裁判長または書記官から補正が促されます(民事訴訟法137条1項、民事訴訟規則56条)。しかし原告となるべき人が補正に応じず、訴状にとって必要な記載事項も読み取れないというような場合には、訴状は却下されます(民事訴訟法133条2項、同137条2項)。
これでは相手に訴状は届かず、訴訟は始まりません。 不備を直したり、訴状却下に対する即時抗告が認められれば、ようやっと訴状を相手に届けようという話になります。
訴状が被告に送達されれば、原告と被告という立場で訴訟の場に上がることになります。 ところで、訴状の送達は原則として被告の住所地に対して行います(民事訴訟法4条1項、2項)。被告の住所は、裁判所は調べてくれませんので、原告が訴えを起こす前に調べる必要があります。 医療過誤であれば、病院がわかっているのだから病院に送ってしまえばよいではないかと思われるかもしれませんが、なかなかそうはいきません。
今回であれば、Aさんは、B医師だけ、C医師だけ、又はB医師とC病院の両方を被告に選んで訴えを提起します。 するとC病院の所在地はさして労なくわかるとしても、B医師の住所地は難しいかもしれません。当職の場合、B医師に事前に電話を掛けて、どこで受け取りたいかをこっそり尋ねたようなこともあります。
第一期日は、原告から訴状の陳述と証拠の提出をします。被告は、来たり来なかったりですが、第一回目の期日の場合は被告側から「原告の請求に理由がない」旨述べる答弁書が1枚、期日の前に提出されていることが多いです。この答弁書が出ていれば、第一回目の期日は欠席しても被告側は一応大丈夫です(法的には原告も欠席して訴状を擬制陳述することができます(民事訴訟法158条)。
ただし、被告も同じ日に欠席した場合には、期日指定の申立てがないと訴えを取り下げたことになってしまいます(同法263条前段)。そもそも第一回期日は原告と裁判所が事前に協議していますから、あえて取り下げられるリスクを冒して欠席するメリットは原告にはありません。)。
医療事件の第一期日は、他の事件と少し違うかも知れません。当職は、離婚や交通事故等、他の事件で出廷した経験もありますが、これらの事件では、第一回目は「陳述扱いとします。」「次回被告の反論を待って・・・」「次回は何月何日・・・」といった、かなりさらりと終わる印象です。
しかし、医療事件の場合は、裁判所から、第一回目から核心に迫る求釈明をされることがあります。原告または被告の弱点に触れるようなところや、被告からこういう反論が来た時にこう構成して・・・と自分の中で分岐を考えていたところをずばり突かれることもあります。それでなくとも、裁判官の態度から、訴状が裁判所に与えた印象をなんとなくうかがうこともできる場合があるように思います。これを見逃すのは非常にもったいないと思います。
裁判所「原告は訴状を陳述されますか。」
Aさんの代理人弁護士「はい。」
裁判所「被告側から平成29年4月28日付答弁書をいただいています。これを陳述とすることでいいですか。」
B医師・C病院の代理人弁護士「はい。」
裁判所「原告から、証拠として甲A号証を1から2まで、甲B号証を1から10まで、甲C号証を1の1から1の20までいただいています。甲Aと甲Bはいずれも写しということですが、甲Cは全て原本ですね。本日、甲C号証の原本はお持ちですか。」
Aさんの代理人弁護士「こちらに用意してあります。」(書記官に渡す。)
裁判所「・・・(原本と写しが同じであることを確認)・・・。わかりました。被告は原本を確認されますか。」
B医師・C病院の代理人弁護士「いいえ。結構です。」
裁判所「では、お返しします。」(書記官に渡す。)
裁判所「原告の訴状の内容についてですが、過失1と過失2が書いてありますね。過失1と過失2の関係はどのようにお考えですか。」
Aさんの代理人弁護士「過失1は、B医師が、手術Xのこのタイミングで、右側に位置していた瘤を切除するのに、手技が拙劣であったため瘤横の血管を裂いてしまったという内容です。過失2は、仮に過失1が認められないとしても、手術Xの後にB医師が十分に止血をしていなかったという内容です。過失1が主位的主張、過失2が予備的主張です。」 裁判所「わかりました。手術の内容が問題となるということで、手術中の様子の映った手術動画等を提出される予定はありますか。」 Aさんの代理人弁護士「追って提出する予定です。」
裁判所「わかりました。ではつぎの期日は、被告から訴状の内容に詳しく反論してください。また、診療経過一覧を準備してください。」
B医師・C病院の代理人弁護士「はい、わかりました。」
裁判所「次回からは弁論準備手続として行います。裁判長は私、受命裁判官はJさんです。次回期日を決めますが、被告は準備にどれくらいの時間がかかりますか。」
B医師・C病院の代理人弁護士「打ち合わせと準備で、少し長めに時間をください。」
裁判所「では、6月の半ばくらいで・・・」 ・・・以下、次の日程が決まります。
どうですか。ご想像より淡々としているかもしれません。「異議ありぃ!」とか、「真実はこうだったはずです!(回想シーン)」などのドラマのような展開はありませんが、実際は、裁判所からの質問がとんでもないところに飛んできたりしないか、顔色から何かうかがえるところはないか、仮に被告からの答弁書で既に詳しく書面が出ていた時には何かつっこみどころはないかなど、弁護士は色々考えています。