患者さん(50代・女性)は、甲状腺機能亢進症による眼球突出のため相手方医療機関(眼科専門病院)を受診し、MRI検査を受けましたが、何ら異常があるとの指摘は受けませんでした。しかし、この時のMRI画像は、鼻・副鼻腔が左右非対称であり、右側は信号強度強弱の混在した像が存在するという正常とはいえない所見でした。約2年後、患者さんが相手方医療機関を再受診し、再びMRI検査を受けたところ、右鼻腔から眼窩に腫瘤が見つかりました。
相手方医療機関からの紹介で他の医療機関の耳鼻科を受診した患者さんは、右副鼻腔腫瘍摘出術及び右下鼻甲介切除術の手術を受け、病理検査で腺様嚢胞癌と診断されました。その後、PET−CT等により残存腫瘍の有無を検査したところ、腫瘍が広範囲に浸潤性に広がっていることが確認されました。そこで、患者さんは、残存腫瘍に対する処置として26回の陽子線治療を受けました。患者さんは陽子線治療の約2年後、右目を失明し、右中心網膜動脈閉塞症と診断されました。
担当弁護士は、相手方医療機関で撮影されたMRI画像について協力医に確認しました。協力医はそのMRI画像について「正常ではない」所見であり、相手方医療機関の医師は患者さんに耳鼻科を受診するよう勧めるべきであったと、相手方医療機関の医師の過失を認める見解を述べました。しかし、MRI撮影時点で、さらに診断を進め腫瘍と診断でき手術したとしても、後遺症が生じたり、腫瘍が再発するおそれがあるとして、因果関係については否定的な見解を示しました。
協力医の意見を受けて、担当弁護士は、訴訟をした場合、因果関係の立証が難しく、患者さんに不利となると考えました。そこで、調停委員として医師などの専門家も紛争解決に携わり、当事者の話し合いで柔軟な解決を図ることができる調停を選択することとし、913万円の調停の申立てをしました。そして、本件の民事調停では、眼科の医師が調停委員として紛争解決にあたることとなりました。
本件の医学的機序として、眼窩の腫瘤(腺様嚢胞癌)→手術による腫瘍の摘出→腫瘍残存→陽子線治療→陽子線治療の合併症による副作用(右中心網膜動脈閉塞症)→右目失明という機序が考えられましたが、腫瘍残存以降の因果関係の立証が困難な状況でした。しかし、調停委員である眼科の医師は、腫瘍による摘出手術が2年遅れたことで陽子線治療が必要となった、中心網膜動脈閉塞症は陽子線治療の副作用であるとの患者側に有利な見解を述べてくれました。そこで、担当弁護士は、調停委員である眼科の医師の見解も加味した主張を展開し、最終的には660万円で調停が成立しました。
本件のポイントは、担当弁護士が厳密な立証が要求される訴訟ではなく、調停を選択したことにあります。調停は、当事者の話し合いによる合意で柔軟な解決が期待できるほか、調停委員として医師が関与し、医学的知見に関する意見を述べることがあります。本件では、眼科の医師が調停委員として調停に関与し、患者側に有利な意見を述べてくれました。そのため、訴訟提起すれば因果関係の立証困難から損害賠償額が低額となることも想定された案件でしたが、660万円という患者さんにとって有利な額で調停を成立させることができました。