患者さん(60代、男性)は、前立腺生検の翌日から38℃以上の熱が出たため、病院は、解熱剤(ボルタレン)を投与し、その2日後に退院させました。ところが、その患者さんは、退院したその日のうちに、突然ショック状態に陥り死亡しました。
この患者さんの突然死について不審に思った遺族が病理解剖を希望したため、この事例では、病理解剖が行われました。そして、解剖の結果、死因が敗血症であるとわかりました。そこで、遺族が、病院側にこの顛末の説明を求めたため、説明会が開催されました。
その時の病院側の遺族に対する説明は、@発熱は生検後の一過性の炎症反応で経過観察とするのが通常であり、退院時には解熱したので退院させたことに落ち度はない、A解剖の結果、患者はインフルエンザにも罹患していたことが分かり、糖尿病による免疫力の低下も考慮に入れると、敗血症による死亡は予期できなかったというものでした。
そして、病院側からは、遺族に対して、30万円のお見舞い金の提示がなされましたが、遺族側はこれを拒否しました。納得できない遺族は、医療ミスの可能性があるのではないかと思い、当法人に調査を依頼しました。
当法人の担当弁護士は、まず証拠保全を行って剖検記録を含む全ての診療記録を入手し、協力医と協議しました。剖検記録によると、確かに、患者は、生検時、軽いインフルエンザに罹患していたのですが、敗血症自体は細菌性だと分かりました。
そして、臨床経過から、生検時の血流感染で、敗血症を発症した可能性が高いと考えられました。また、診療記録の記載から、生検翌日の発熱時には、敗血症の判断基準として使われるSIRS基準も満たしていることがわかりました。
そこで、当法人は、提訴することにしました。説明会などの経緯から考えても、お見舞い金以上の金額で示談がまとまるとは思えなかったからです。もっとも、協力医が匿名を希望していたため、訴訟で意見書を提出できないという事情がありました。そのため、当法人の方針としては、ガイドラインを含む医学文献で丁寧な立証活動を行うこととし、鑑定の申出も視野に入れました。
予想通り、被告病院は徹底的に争ってきましたが、裁判所の訴訟指揮で専門委員(医師)を利用することになりました。そして、専門委員が、協力医とほぼ同様の意見を述べたため、裁判所は、被告病院有責の心証を固め、4240万円で訴訟上の和解が成立しました。こちらの請求額(訴額)が4245万6228円だったので、ほぼ満額に近い形で和解が成立しました。
この事例では、専門委員の意見が大きな決め手となり、鑑定の申出を行わずにすんだので、訴訟費用の大きな節約となりました。もっとも、専門委員の活用は、諸刃の剣でもあります。一人の専門委員の意見が、訴訟の方向性に大きな影響力を持ってしまうことも珍しくないため、こちらに不利益な意見を示されてしまうと、裁判所が請求棄却の心証を固めてしまうこともあるからです。
この事案では、提訴前に診療記録等を精査し、協力医とも十分に協議をしていたため、勝訴の見込みが高いと考え、裁判所が提案した専門委員の活用に同意しました。この判断がよい結果を生んでくれて、ほっとしています。