胆嚢摘出術を受けた患者さん(60代、男性)は、術後感染で壊死性筋膜炎に罹患しましたが、医師は、この感染症を見落としてしまいました。その結果、壊死性筋膜炎はどんどん進展して縦隔炎を合併するに至り、最終的には敗血症性ショックで死亡しました。
当初、患者さんのご遺族は、病院に説明を求めましたが、病院側の説明では、感染が疑われた部位(感染巣)から膿は排出されなかったため、感染症の発症については否定的な所見であったとし、病院側の診断に落ち度はないということでした。
また、原因微生物は、エロモナス・ハイドロフィラという細菌で、俗に“人食いバクテリア”と呼ばれる致死性の高い細菌感染であるから、いずれにしても救命は困難であったという見解を示し、自らの責任を否定する説明に終始しました。
そのため、病院側の説明に納得できないご遺族は、当法人の弁護士に相談しました。
医療調査として受任した後、医学文献等で調べてみたところ、壊死性筋膜炎という感染症は、致死性が高く、とても恐い疾患であることがわかりました。短時間で感染が広がっていき、筋膜がどんどん壊死していくために、抗菌薬を投与するだけでは治療できない感染症なのです。壊死した部分には血流がなくなるため、抗菌薬が届かないからです。したがって、感染の拡大を防ぐため、デブリードマンを実施して、感染部位を外科的に切除しなければならないのです。救命できたとしても、上肢、下肢の切断を要することも珍しくないそうです。
幸いにして、この事例に関しては、素晴らしい協力医が見つかりました。大学病院の教授で、感染制御学を専門とする医師でした。加えて、壊死性筋膜炎の臨床経験も豊富で、非常に有益な知見も得られました。協力医の先生曰く、壊死性筋膜炎の場合は、他の感染症と異なり、膿の排出がないのはむしろ典型的な所見であるということでした。壊死した部分には血流がないため、そこに好中球が遊走してきません。好中球が遊走してこないのですから、膿が形成されないのは当然ですね。
膿とは、要するに、細菌などの異物と闘った好中球の死骸なのですから。この事例では、主治医らが感染症の可能性を否定してしまったわけですから、デブリードマンはもちろんのこと、適切な抗菌薬投与も実施されていませんでした。
協力医の助言では、明らかに見落としの過失があるということでしたが、そもそも致死性の高い感染症であるため、適切な治療を行えば救命できたかどうかは微妙で、やってみなければわからない、ということでした。この事件の協力医が素晴らしかった点は、感染症を専門分野とする大学教授であることに加え、意見書の作成にとどまらず、法廷での証言もご快諾してくださったことです。まさに鬼に金棒でした。因果関係に関しては立証の壁がありましたが、過失は明らかであると思われたので、提訴に踏み切りました。
この事件は、提訴後も原告と被告の主張は激しく対立し、双方から膨大な医学文献が提出されました。そして、和解の話し合いの機会もなく、証拠調べ(証人尋問)に突入しました。こちらからは、協力医の先生に法廷で証言してもらいました。被告病院からは、主治医の医師のほかに、他の病院の医師も助っ人として法廷で証言しました。最大の争点は、やはり死亡との間の因果関係でした。
裁判所は、過失に関しては肯定できるという心証を抱いたようで、証拠調べ後に和解の提案がありました。もっとも、因果関係については疑問をもったようで、相当程度の可能性法理を前提とした和解案の提案となりました。被告病院の弁護士さんは、裁判所の和解提案に前向きでしたが、もし和解が成立しなかった場合は、カンファレンス鑑定を申し立てる予定であると述べていました
この事例では、因果関係の立証が難しかったことに加え、鑑定が実施されると、鑑定医によって、過失自体も否定される可能性が危惧されました。というのは、主治医の専門が感染症ではなく消化器外科であることから、鑑定医が主治医に同情し、庇ってしまう可能性があったからです。そのため、鑑定を実施して決着をつめることは、却って依頼者に不利益になると考えて、裁判所の和解案を受け入れることにしました。
500万円で訴訟上の和解が成立しましたが、死亡との間の因果関係が認められないことを前提とすると、高額であると言えます。もし鑑定手続きに入っていたら敗訴した可能性もあったので、裁判所の和解提案を受け入れたのは得策だったと思われます。