某大学病院に入院した患者さん(50代、女性)は、肺癌ではありませんでしたが、別の肺癌患者と間違われて、右肺の下葉を切除されてしましました。そして、大学病院は、手術後に患者の取り違えに気づき医療事故が発覚しました。
病院側の過失は明らかだったので、裁判外交渉で紛争を解決できる見込みが高いと考え、当初は、病院側と示談交渉をしました。予想取り、病院側は過失の点については認めてきたのですが、損害をめぐって論争になってしまいました
。病院側の言い分は、肺葉切除後であっても、呼吸機能検査の結果は正常範囲内であるから後遺障害はない、というものでした。術前の患者さんの呼吸機能は、同年代の健常成人を優に上回るものでしたが、肺葉を切除したことにより呼吸機能が下がり、その結果、同年代の平均的機能レベルになったという事情がありました。
患者は、このような病院側の主張に納得できなかったため、提訴に踏み切ることにしました。
裁判外交渉の経緯から、病院側が患者の後遺障害について争ってくることは予想できたので、訴訟では、そこを中心に準備しました。具体的には、同年代の平均的な呼吸機能を基準に後遺障害の有無・程度を問うのではなく、あくまでも当該患者自身の呼吸機能の低下自体を後遺障害と捉えるべきだという主張を展開しました。
加えて、患者の取り違えはあまりにも初歩的なミスであることから被告病院の過失は重大であること、肺という生命維持に不可欠な重要な臓器の一部を失ったことと肺葉切除という極めて侵襲性の大きい手術を受けることを余儀なくされたことを慰謝料の増額理由として主張しました。
裁判所は、本件における後遺障害の捉え方について、当該患者自身の呼吸機能低下を後遺障害とすることに概ね納得してくれた様子でしたが、問題は、後遺障害の等級を定めることが困難だという事情がありました。同年代の平均的な呼吸機能を基準にした等級については定めがあるのですが、この事件の患者さんのように、呼吸機能の低下は明らかであるのに、機能低下後であっても正常範囲内にとどまるケースについては、等級が定められていなかったからです。そのため、後遺障害を認めることができたとしても、あまり高額な損害額を認定することに躊躇している様子でした。
もっとも、病院側の過失が重大で、かつ、その病院が地域の基幹病院であり大学病院であることを考慮すると、地域住民に対する影響は計り知れないという実情も考慮し、慰謝料の増額要因にはなると考えてくれたようでした。このような経緯から、裁判所から和解勧告がなされ、1500万円で訴訟上の和解が成立しました。