患者さん(80代、女性)は、大腿骨の頸部骨折のため、被告病院で手術を受けることになりました。この大腿骨頸部骨折は、骨粗鬆症に罹患している高齢女性に多い骨折です。術前に下肢エコー検査を実施しましたが、そこには血栓を示唆する所見が認められました。
また、D-dimerも高値を示しており、血栓の存在が疑われました。それなのに、被告病院は、手術を実施してしまいました。その結果、術中に遊離血栓が飛んで、肺血栓塞栓症を発症させ、患者さんは術中に死亡しました。
被告病院は、院内調査を行い、医療事故調査報告書を作成しましたが、その内容は、被告病院の責任を否定する内容でした。そして、被告病院は、同報告書に従って、遺族に対し説明しましたが、遺族は到底納得できませんでした。そこで、当法人に依頼することになりました。
当法人の担当弁護士は、被告病院が作成した医療事故調査報告書の内容に疑問を持ち、カルテ改ざんの可能性もあると考えて、提訴前に証拠保全を行いました。そして、カルテ等の診療記録を入手後、被告病院に対して提訴しました。
提訴に踏み切った理由は、医療事故調査報告書の内容や、提訴前の遺族への説明態度からみて、示談交渉では解決するのが難しいと考えたからです。ただし、協力医が匿名希望であったため、意見書を証拠提出することはできない事案でした。そのため、医学文献等の立証でも裁判所がこちらに有利な心証を形成しなかった場合には、鑑定の申出も予定していたので、紛争解決までの審理期間は3年を超える可能性があることを予定していました。
この事例は、想定外の展開をたどりました。患者さんの遺族が提訴し、第1回口頭弁論期日の日程が入りましたが、その期日前に被告病院から当法人の担当弁護士宛てに、「示談したい」という連絡が来たのです。おそらく、訴状の内容から勝ち目がないと考えたからだと思います。提訴後の被告病院の姿勢は、提訴前と異なり誠実なもので、被告病院に法的責任があることを前提とした話し合いの申出であったため、一抹の不安はありましたが、示談成立前に訴えを取り下げました。
そして、話し合いの結果、3000万円で示談が成立したのです。口頭弁論期日を待つことなく訴えを取り下げているので、協力医の意見書も提出しておりませんし、当然、鑑定も実施されていません。提訴後第1回口頭弁論期日前に病院側の態度が変わり、有責前提の示談交渉が開始されることは、あまり経験されることではありません。
おそらく、被告病院としては、訴状の内容から病院側に勝ち目がないことを理解し、このまま訴訟を継続することは不名誉なことでもあるので、示談交渉を申出たのだと思われます。そして、被告病院は、有責前提で争ってこなかったため、示談交渉も2ヶ月程度で終了しました。また、死亡した患者さんが80歳代と非常に高齢であることを考慮すると、3000万円という示談金は、かなりの高額だと思われます。
この事案は、協力医の匿名コメントしかなかったので、訴訟を継続しても意見書を提出することは不可能だったので、もし訴訟を続けて鑑定まで突入していたら、3年以上の審理を要したでしょう。想定外の早期解決となりました。