ベッカー型筋ジストロフィーの患者が骨折し手術が必要な状況になりました。セボフルランという麻酔薬が使用されたことにより、横紋筋融解症が生じ、心肺停止になりました。蘇生には成功しましたが、重度の後遺障害が残存してしまいました。
電子カルテを導入していない病院であったため証拠保全を実施しました。証拠保全により取得した資料に筋ジストロフィーと明記されていたことが、病院側の責任を認める決定的な証拠になりました。
協力医の意見を聴取したところ、筋ジストロフィーの患者にセボフルランを使うことが危険であることは常識的な知識であり、他の麻酔方法を選択するべきであるという意見でした。病院側に賠償金の支払いを求めましたが、一切支払いに応じなかったため、訴訟を提起しました。
訴訟提起後にも患者の診療に関わっている医師の先生方に面談して頂き、多数の有利な意見書を作成して頂きました。
また、この事案では、ディシェンヌ型筋ジストロフィーのガイドラインにはセボフルランの投与を「避けるべき」と記載されていましたが、筋ジストロフィー自体が珍しい疾患であるため、どの程度医学的知見が普及していたかという点が争点になっていました。弁護士が大学の図書館等で収集した文献に加えて、弊所のリサーチ部門が国会図書館等で集めてきた多数の文献を提出し、長年にわたって危険性が指摘され続けていたことを立証しました。
被告側の協力医は、セボフルランを使うことは危険であったとしても、麻酔科専門医ではない医師がセボフルランを使うことはやむを得ないという主張をしていました。この主張に対しては、医療水準に関する最高裁判例を引用し、医師のレベルの低さが責任を否定する根拠にはならないことを説明しました。さらに、高次医療機関への転送義務を主張することにより、万一個別の医師の能力が考慮された場合でも過失が認められる二段構えの法律構成にしました。
尋問実施後に、裁判所が鑑定を実施するべきであるという意見であったため鑑定を実施しました。証拠だけではなく主張書面も検討対象にした方が、原告にとって有利であると考えられたため、裁判所にお願いして鑑定医に主張書面を含む記録を送付してもらいました。その結果、鑑定医は医師の過失を明確に認める意見書を書いていただけました。
損害額についても、筋ジストロフィーの患者の余命や収入について争いがありました。日本語の文献ではベッカー型の筋ジストロフィー患者に関する文献が不足していたので、複数の英語の文献を翻訳して提出しました。
その結果、ある程度長い余命を前提として、裁判所から約1億6600万円の支払いを内容とする和解案が提出され、和解が成立しました。
約1億6600万円の支払いを内容とする和解が成立しました。訴訟上は控訴された場合の敗訴リスクが高いとは言えない状況でしたが、控訴などで解決が遅れることが依頼者にとって酷であったため和解を選択しました。