Q 弁護士さんの中に医師の資格を持っている方がいると思いますが、そのような弁護士さんは、やっぱり医療過誤の分野を扱っている方が多いのですか。
A 医師免許を有する弁護士さんの多くが何らかの形で医療過誤の分野を取り扱っていると思います。ただし、その多くは病院側だと思います。医学部を卒業して医師免許も取得したのに、医師や病院側を訴えることに抵抗を感じる人が多いのだと思います。ただ、最近では、医師免許を持っている弁護士さんでも、患者側に立って医療紛争を扱う弁護士さんも一部にはいるようです。
Q 医師免許を持っていると、医療過誤の分野を扱う上で有利なのですか。
A 有利な点はあります。当然ですが、スタートラインが違います。私もそうだったのですが、医学の素養が全くないところからのスタートとなるので、最初はカルテの読み方も分からず、医学文献を読んでも専門用語ばかりで難しく専門書との格闘でした。そのような事情から、医学系の大学院で勉強したのです。医師免許を持っている弁護士であれば、カルテは読めるはずだし、基本的な専門用語であれば知っているはずです。でも、有利な点はそこだけだと思います。
Q 有利な点がそこだけというのは、意外です。医師免許を持っている弁護士さんは、医者としての経験も積んでいるのではないですか。臨床経験があるというのは、やはり有利なのでは。
A そのように思われがちですが、実はそうではないのです。医者時代の臨床経験はほとんど役に立たないと思います。
第1に、専門性の問題があります。例えば、その弁護士さんが医師として循環器を専門にしていた場合、その分野の臨床経験は、例えば産科や消化器などの他の診療科目では役立たないのです。産科の臨床経験がない以上、産科の医療訴訟で医者としての経験は役に立ちません。
第2に、医学の進歩の問題があります。医学は文字通り日進月歩の勢いで進歩しており、新たな知見がどんどん追加されていく分野です。10年前の医師としての経験が現在で通用するとは思えません。却って、過去の臨床経験に頼りすぎてミスリードされて誤った判断をしてしまう可能性すらあるでしょう。臨床経験があったとしても、常に新しい知見を吸収するという不断の努力が必要です。
第3に、経験量の問題があります。確かに、医師としての臨床経験が例えば20年もあれば、その医師はベテラン領域にあると思います。しかし、人間のカラダはひとつしかないので、医師としてのキャリアが長ければ長いほど、弁護士としてのキャリアは短いということになります。医師としても弁護士としてもベテランであり、豊富な経験を有するということは、基本的に両立しないのです。
Q それでは、医師のキャリアは長いが弁護士のキャリアは短い人と、医師のキャリアは短いが弁護士のキャリアは長い人を比べたら、どちらの方が医療訴訟に強いと思いますか?
A 断然、後者です。すなわち、医師のキャリアは短くても、弁護士としてのキャリアが長い人のほうが圧倒的に有利だと思います。
医学の知識・経験があれば医療訴訟で勝てるほど甘くはありません。あくまでも医療訴訟は裁判です。医療過誤をめぐる過失論・因果関係論といった法律問題に精通している必要があります。過去の裁判例の勉強も不可欠です。また裁判実務では、様々な訴訟戦術が必要となります。
例えば、医師の作成した意見書を提出するタイミング、証拠調べのやり方、和解をめぐる裁判官や相手方との交渉などです。これらのテクニックは、弁護士としての経験を積まなければ磨けません。弁護士である以上、専門家として良い仕事をするためには、弁護士としての経験値が重要なのです。我々は、医学ではなく、法律のプロなのですから。
Q 協力医の確保という点ではどうでしょう。医師免許を持っている人ならば、医療業界とも太いパイプがあり、適切な協力医を見つけるうえで有利なのではないでしょうか。
A それは考えられないと思います。想像してみてください。あなたが仮に医師であるとして、医師免許を持っている弁護士さんから協力医を依頼されたら引き受けますか。訴えられる病院や医師との関係はどうなるのですか。医師免許を持っている弁護士さんは、すでに医療業界を去っているからよいですが、あなたはまだ医者です。同業者からどのような目で見られるか分かりません。協力医を引き受けるということは、非常に覚悟が必要なのです。
知り合いの弁護士に頼まれたからといって容易く引き受けられる仕事ではありません。医療を専門としている弁護士として経験豊富であれば、このことは誰でも痛感していることです。医師免許を有する弁護士さんの多くが患者側ではなく、医療(病院)側についているのもこのような背景があるからです。
Q では、最後に、医療紛争に豊富な経験を有する弁護士さんの見分け方を教えてください。
A まず、その弁護士さんが医療過誤の分野に特化して取り組んでいる人かどうかが最も重要です。医師免許を持っていても、企業法務や離婚、交通事故など様々な分野を扱っている弁護士さんの場合は、たとえ弁護士としての経験が豊富でも、医療事件の経験はあまりなかったりします。
大事なのは、経験年数よりも医療過誤案件の経験件数とその内容です。そこで、参考になるのは、その弁護士さんの解決事例です。弁護士として医療事件の経験が豊富であれば、勝訴判決や高額和解の解決事例をたくさん持っているはずです。