最高裁の統計資料によると、1994年当時には年間500件程度だったのが、その後急激に増え続け、ピーク時の2004年では、年間約1100件に達しています。つまり、1994年から2004年までの10年間では、明らかな医療訴訟の増加傾向があったわけです。 しかし、医療訴訟が増加しているからといって医療過誤が増えているとはこの数字だけでは断言できません。
1994年から2004年までの10年間だけで考えても日本は高齢化社会に確実に向かっていたはずで、医療サービスを受けている人口も増加しているはずだからです。当然ですが、若い人よりも高齢者のほうが医療サービスを必要とする頻度が断然多いので、患者等の医療サービスを受ける人口も増加していた可能性は十分あるわけです。
したがって、最高裁の資料だけを見ると、医療裁判の絶対数が倍増したことは間違いないのですが、医療サービス受領人口を母数とした「医療裁判発生率」はわからないので、増加の実態は、割り引いて考える必要があるでしょう。
次に、医療サービスを受ける国民の意識の変化も重要です。当然ですが、医療裁判というのは、医療過誤が起こるから提起されるのではなく、患者側が医療過誤(医療過事故やミス)だと信じるから提起されるのです。医療過誤発生率が同じだと仮定すると、権利意識が高まるだけでも医療裁判は増えます。
ちなみに、唐沢寿明主演の「白い巨塔」は、2003年に放映されております。テレビドラマの影響はけっこうありそうで、実はあまり大きくはないのではというのが私の印象です。なぜならば、そもそも医療訴訟の実数は10年間も急増トレンドにあったわけで、白い巨塔が放映された時期だけ目立って増加しているという傾向は認められないからです。
以上から、1994年から2004年までの10年間は、確かに医療訴訟が倍増した10年間だったわけですが、だからといって”医療過誤”が倍増したと考える必要はなく、このデータだけで悲観的になることはないと思います。 ところで、同じ最高裁の統計資料を見ると、2004年のピークを境に、その後はむしろ減少傾向にあります。
2004年から5年後の2009年には年間約700件程度まで減少しています。2004年時と比較すると、わずか5年間で約36%の減少です。この減少トレンドが示す意味は大きいと思います。
第1に、高齢者人口の増加を考えると、むしろ医療裁判は増加するのが自然なわけで、これが逆に減少しているわけですから、この点を考慮に入れると、医療訴訟が提起される率は、実数以上に減少していることが示唆されます。
第2に、国民の権利意識の高まりに加え、インターネットの普及が高まったのもむしろ2004年以降でしょう。医療過誤ではないかと疑うに足りる情報を得やすい社会環境はむしろ最近のほうが強いのです。これに加えて、弁護士業界の広告解禁が2004年以降であることはさらに重要で、国民の弁護士に対するアクセス障害が大きく改善された時期でもあります。2004年以前よりも以降のほうが、比較にならないほど弁護士に相談しやすいのは間違いありません。
このような背景を念頭に置くと、最高裁の統計資料が示している実数よりも、はるかに医療訴訟は減少傾向(つまり、患者が医療過誤だとは思わなくなってきている傾向)にあるのではないかと推測できます。
しかし、この先も減少傾向を示すのかはまだわかりません。再び増加傾向に転じるのではないかという分析もあります。そもそも、医療過誤事件は、患者側が医療ミスだと疑った案件全てが訴訟になるわけではありません。
最終的には相談を受けた弁護士が判断することになります。弁護士が「これは難しい」と判断すれば訴訟にはなりにくいわけです。
医療裁判は、時間と費用の点で依頼者には大きな負担になります。膨大な時間と高額な弁護士費用、協力医に対する謝礼や鑑定費用などを考えると、訴訟を断念するケースも少なくない分野です。
ところが、司法制度改革で弁護士人口が急増した結果、新聞や雑誌などでも指摘されているように就職先がない弁護士や即独弁護士(経験がないのにいきなり独立した弁護士)も出始めている。これまでの法曹界の常識に照らすと驚くべき事態が続出しています。
このような状況から弁護士は熾烈な競争に直面しています。 弁護士の立場からすると、敗訴リスクが極めて大きい訴訟でも着手金収入が得られるので、難しい医療訴訟でもどんどん訴訟にのせてしまう傾向になる危険性があります。
まさに、アメリカが訴訟社会になっているのと同じ道を、日本も歩むことになるのではないでしょうか。したがって、患者側としては、これから弁護士を選ぶ目利きが問われる時代です。弁護士に煽られて高額な費用だけ請求され、和解もできず予想通りの敗訴。患者側も訴えられた医療機関も迷惑し、得をしたのは患者側の代理人になった弁護士だけ、なんていう事態にもなりかねません。