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後遺症と相当程度の可能性法理(最高裁平成15年月11月11日判決)

後遺症と相当程度の可能性法理(最高裁平成15年月11月11日判決)

弁護士・医学博士  金 ア 浩 之

 

事案の概要

 

 当時小学校6年生であった患者は,昭和63年9月29日、頭痛,腹痛などを主訴に医師の診察を受け抗菌薬等を処方されたが,その後も腹痛,嘔吐が治まらず改善がみられなかったため,同年10月3日午前8時30分頃,点滴治療が実施された。その間,患者の言動に不安を覚えた母親が医師に診察を求めたが,医師は,外来診察中であることを理由に対応しなかった。そして,点滴終了後,患者は帰宅させられたが,帰宅後も嘔吐が続き,翌4日には母親の呼びかけにも応じなくなったため,同日午後,再び同医師の診察を受けたところ,緊急入院の必要性があると判断され,総合病院に転送された。総合病院では,原因不明の急性脳症と診断され,患者は,身体障害者1級と認定された。医学的知見によると,急性脳症の予後は,一般的に重篤で極めて予後不良とされ,昭和51年の統計では,死亡率36%,生存した場合でも,そのうちの63%に中枢神経後遺症が残存し,昭和62年の統計では,完全回復は22.2%で,残りの77.8%は死亡したか又は神経障害が残ったとされていた。 
 一審(神戸地判平成13年1月25日)及び原審(大阪高判平成14年3月15日)は,急性脳症の予後が一般的に重篤で,統計上完全回復率が22.2%であることなどを理由に,医師の転送義務違反を否定し,また,仮に転送義務違反を認めても,後遺症との間の因果関係は認められず,当該後遺症を回避できた相当程度の可能性も認められないとして,患者側の請求を棄却した。この原審の判決を不服として,患者側が上告した。

 

判決要旨

 

 最高裁は,「被上告人は,初診から5日目の昭和63年10月3日午後4時頃以降の本件診療を開始する時点で,……何らの症状の改善がみられず……嘔吐の症状が全く治まらないこと等から,それまでの自らの診断及びこれに基づく上記治療が適切ではなかったことを認識することが可能であったとみるべきであり……医師としては,その時点で,患児が,その病名を特定できないまでも,本件医院では検査及び治療の面で適切に対処することができない,急性脳症等を含む何らかの重大で緊急性のある病気にかかっている可能性が高いことをも認識することができた」として,医師の転送義務違反を認めた。そして,相当程度の可能性法理が後遺症事案にも適用されるか否かについては,平成12年判決を引用したうえで,「本件のように重大な後遺症が患者に残った場合においても,同様に解すべきである。すなわち,……その転送義務に違反した行為と患者の上記重大な後遺症の残存との間の因果関係の存在は証明されなくても,……患者に上記重大な後遺症が残らなかった相当程度の可能性の存在が証明されるときは,医師は,患者が上記可能性を侵害されたことによって被った損害を賠償すべき不法行為責任を負うものと解するのが相当である。」と判示した。これを踏まえ、本件における相当程度の可能性の存否については,「昭和51年の統計では,生存者中,そのうちの63%には,中枢神経後遺症が残ったが,残りの37%(死亡者も含めた全体の約23%)には中枢神経後遺症が残らなかったこと,昭和62年の統計では,完全回復をした者が全体の22.2%であり,残りの77.8%の数値の中には,上告人のような重大な後遺症が残らなかった軽症の者も含まれていると考えられることからすると,これらの統計数値は,むしろ,上記の相当程度の可能性が存在することをうかがわせる事情というべきである」とし,相当程度の可能性の存否に関する法令の解釈適用を誤った違法があるとして,破棄差戻しとした。

 

解説

 

 最高裁平成12年9月22日第二小法廷判決は、患者の死亡事案について、相当程度の可能性法理を採用したが、本最高裁判決は、その適用範囲を重大な後遺症の事例にも拡大した。
 ところで、重大な後遺症の範囲については、議論の余地を残す。すなわち、生命侵害に比肩しうるような重大な後遺症が残存した場合に限定されるものと理解すべきなのか(限定説)、あるいは、生命侵害に匹敵するほどではないが、例えば、失明や四肢切断のような、必ずしも軽症とはいえないような後遺症も含まれるのか(非限定説)、という問題が残る。最高裁平成12年判決と関連づけて理解するのであれば、限定説が妥当なようにも思われる。なぜなら、最高裁平成12年判決は、相当程度の可能性法理の法益性について、「生命を維持することは人にとって最も基本的な利益であって、右の可能性は法によって保護されるべき利益」であると説明しているからである。そして、本事案では、患者に身体障害者1級という重篤な後遺症を残存させているので、生命侵害に比肩しうる重大な後遺症を残存させた事案として理解することが可能である。
 もっとも、下級審判例の中には、必ずしも生命侵害に比肩しうるほどの後遺症とはいえない事案にも、相当程度の可能性法理を適用したものが散見される(軽症ないし中等度の知的障害に関する横浜地判平成29年11月29日、失明に関する東京地判平成27年2月18日、大阪地判平成19年11月21日、左肺全摘に関する仙台高判平成20年8月28日、下肢切断に関する東京地判平成20年1月21日、青森地八戸支判平成18年10月2日、下肢麻痺に関する甲府地判平成17年7月26日等々)。したがって、下級審実務の動向としては、必ずしも生命侵害に比肩しうるような重大な後遺症でなくても、広く相当程度の可能性法理の適用を認めており、ほぼ定着したように思われる。したがって、少なくとも、現時点(令和3年1月21日当時)において、下級審は非限定説の立場を採っているものと解される。

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